2011年7月15日金曜日

札幌のカモの親子

4日前に札幌を訪れたときの暑さが嘘のように肌寒い朝を向かえ、ホテルで冷房をつけていたにもかかわらず実は外の方が寒かったことを、心の中でずいぶん滑稽なことをした、北海道では真冬になると食べ物を凍らせないために冷蔵庫に保管するが、この日も札幌は暖房の役割として冷房が機能していたのだと、ここにきて再び北海道らしい日常を垣間見ることができ、年甲斐もなく楽しんだ。

この外気の涼しさの中、昨日車で走った道東の深い緑とはまったく違う都会の緑を楽しもうと、札幌駅から15分ほど歩いて北海道植物園に行くことにした。

正門を入ってすぐのところにある宮部金吾記念館の前を通ってライラック並木に出ると、生死をさまようような道東の大自然にすっかりおびえ怖気づいた昨日までの私はようやく安らぎを得た気がした。東京暮らしが長くなっている今の私には、大自然で登山を楽しむより植物園くらいがちょうどいいらしい。特に都内では放射性物質のことがあって公園の芝生や木々の元でくつろぐことがままならないので、北大植物園は、失われた東京でのもともと数少なかった緑ある生活を私に思い起こさせ、ゆったりした気持ちにさせてくれた。

ここには小石川後楽園の美しさもも六義園の優美さもないけれど、ライラック並木だけで私には十分だった。この植物園には他にもいろいろ見所があるようだし、これから見てまわることになろうが、私はすでにこの並木の元で満足していた。植物園内をいろいろ見て歩いていると、4日前にキタラホールにコンサートを聞きに訪れた中島公園でもカラスが多かったが、ここでも芝生の上、木々の上など、いたるところにカラスがいることに気づく。そしてカーカーと鳴くカラスの鳴き声は、今の私にはどんなものであれ歓迎の声として心に響くのだった。

バラ園では、どこのバラ園でも見かける枝を剪定する人がほっかぶりに黒襦袢という出で立ちの完全防備姿で仕事に勤しんでいた。その作業をする傍らではほんのりバラの香りが漂ってきて、どのバラからのものか探してみるのだけれども数ある中からなかなか見つけられず、あちらのバラへこちらのバラへと探し求める私の様は、迷い子のように見えたかもしれない。ところがここのバラ園は見ごろを過ぎたこともあってかそうそう人が多くないので、私は思う存分香りを追い求めることができた。

バラ園のなかには蓮池もあり、白とピンクと黄色のハスが咲いていた。私はハスを手の届くほどの近さで見るのが初めてで、まじまじと花びらの重なりを観察してその美しさにため息が出る思いだった。すっと伸びる花びらはきれいに先が細くとがり、薄い陶器の輝きを見せていた。特に私はほのかな黄色のハスが気に入りずっとその前でしゃがみこんで見入っていたものだった。

蓮池のあるバラ園の背後で咲くアジサイは、どちらかというとこちらが見ごろだと思うのだが、一人写生している人がいた。その真剣な眼差しに私は邪魔にならないようそそくさとそこを通り過ぎて、丸太を横に切ってつくられたベンチでパンをかじる社会科見学の中学生に紛れ込んで一休みするのだった。

このベンチのやや離れた前方にうな垂れる数本のグイマツの向こうには重要文化財の建物群がある。私は一休み終えたところでその中の一つに入ってみると、北国で生きる動物たちの剥製が展示されていた。私はしょっぱなにお目見えする熊の大きさに驚いたが、その後出てくるフクロウにはなぜか最も目を奪われるものがあった。

このフクロウは白っぽい灰色っぽい色の羽を持ち、目は穏やかに閉じられて、とても安らかに眠っていた。フクロウの心臓がもう何年も前に止まっているものとはとても思えない表情だった。私は本当にこれが剥製か疑問に思ったほどだが、事実ガラスの向こうで眠るこのフクロウは剥製なのである。

しかし、いろいろな動物の剥製を見てややもすると、死んで剥製にされて展示している意味がわからないことに気づいた。強いて言えば、人間もいつかこのようになにものかに剥製にされて展示されるのか、剥製にして重文建築の中で保管することに価値を置く生き物は人間以外にいなくて、そんなことすらないかと考えつくくらいだ。しかしそれなのに、このフクロウは私になにがしかの安らぎをもたらしたのも事実である。その隣にも、多くの種類の鳥たちやウサギなどが同じく眠っていた。このように安らかな姿で明日の朝を迎えたいものだと思えるほどである。

その後行ったカナディアンロックガーデンでは、ようやく持ち上げられるかというほどの大きな石が積み上げられ壁が築かれた手前にガーデンが広がり、そこにある池ではカモの親子が親を先頭に機敏な水面移動を見せていた。周囲でカラスの鳴き声を聞くと、8羽いる小ガモが一体どれだけ生き抜くのかと心配になり、入園したときは歓迎の鳴き声に聞こえたカーカーが、突如捕食者の唸り声に聞こえてきた。

400メートル四方ほどの園内には他にも北方民族植物標本園や温室がある。小ガモが大人になった頃、是非とも再び訪れたい。

2011年7月14日木曜日

寒い夏の日

標茶の雨は夏とはいえ冷たい。

列車が来るまで2時間半あるので、二階建てより高い建物などそうそう見あたらない道東の小さな町標茶の駅前周辺に暖をとれる適当なカフェがあるなどとの期待はしなかったが、なにかないかと駅前の地図を見てみた。すると、一つだけある『コーヒーたいむ』というカフェらしき名前のお店があった。

しぼんだ期待が一気に膨らみ早速お店の前に行ってみると、営業は11時からとある。これでは開店まで一時間ほどこの雨のなか待つことになってたまったものではない。確かに冷たい雨の中を歩いていると、傘ではガードしきれない雨が腕や手に降り注いで東京ですっかりふやけた身体がシャキッとするように感じるのだが、いかんせん寒い。本当に寒い。そして寒さのために恐らく風邪をひいたようだ。

仕方なく駅に戻ると、駅待合室は外からの風が改札から入ってきて変わらず空気が冷たい。そこで駅舎の隣のバス待合所で過ごすことにした。

待合所には先客がいて、おばあちゃん二人がテレビを見ながら田舎の人独特の気さくさな様子でおしゃべりしていた。その気さくさは、他者が部屋に入っても気にしないで同じトーンで話続けるというものなのだけれども、不思議と無遠慮とは思わないし不愉快には感じられない。それどころか随分アットホームで、その和やかさが私にまで伝播されてくるほどの強力さである。

その温かみに後押しされてか、ここの待合所は暖房もついてないのになぜか暖かい。なぜだろう、もしかするとこのおばちゃんたちの体温が部屋まで暖かくしているのではないだろうかと推測し、私は荷物を椅子におき、電池の切れかかった携帯をここで充電できなかったら大変なことになると思い、本当はいけないのはわかっているのだが近くのコンセントで充電させてもらった。

そんなことをしていると、おばあちゃんらはバスが来たわけでもないのに出て行った。どうやらただ暇をつぶしていただけだったのかもしれないが、乗客でもないのにそういう待合所の利用の仕方があるのがこういう町のおおらかさなのだろうと、10時も過ぎているのになぜここの売店は閉ざされたままなのかわからない覆いの掛けられたみやげ物を眺めた。

すると、さきほどのおばあちゃんよりもっと年配のおばあちゃんが一人入ってきた。こんにちはと私が軽く挨拶すると、田舎の人らしく気さくに話しかけてきてくれて、このおばあちゃんが2時間ほどここでバスを待つことを知ることになった。

私たちが二人とも長時間待ちであることがわかり、さきほどのおばちゃん二人が帰るときに消していったテレビを、さすがに1時間も2時間も話し続けるのは互いに疲れるだろうと、番組を流すことをおばあちゃんにすすめた。するとおばあちゃんはテレビが新しくなってリモコンが使えないという。

私は電源ボタンを押して無難にNHKにチャンネルを合わせ、おばあちゃんが楽しめそうな番組がやってることを期待した。すると、若い人が大自然の中で結婚式を挙げている番組が流れていて、次にバス待合所に入ってきたおばちゃんと二人で仲良く見始めた。そして私にも、ほれ、見てみなよ、と声をかけてくれたけれども、私はテレビの結婚式より、この東京にはなかなかいない気さくなタイプのおばあちゃんの方がよほど新鮮だった。

4つほどある横長の大きな木の椅子が並んでいる中で、途中から私がテレビに夢中のおばあちゃん二人に背を向けてパソコンをカチャカチャやっていると、いつの間にかおばあちゃんとおばちゃんはテレビのまん前に移動し画面に見入っていた。ここまで楽しんでくれて、テレビをつけてあげたことが私はやや誇らしく思えた。

おばあちゃんと何を話したか忘れてしまったほどに他愛のない話だったが、待ち時間が短く思える良さがあり、2時間半の待ち時間も苦痛ではなかった。

駅員さんは、あまりの大雨で時間通りに列車が来るかわからないですよと言っていたが、自然に左右されるのが当たり前のこうした旅は、このゆったりした風土と静かな町並みには似つかわしいものだった。

閉ざされ続けていた売店はというと、大型観光バスの到来と共に店員さんがやってきて開店に切り替わった。そうか、この時を待っていたのかと、田舎の効率性に関心し、私は大勢の観光客が一斉にお手洗いに流れ込んで行く音を聞いていた。そのうちの何名かは売店で買い物をしていったようである。

観光バスが再び走り去っていくと同時に、私の列車の時間も迫り、寒い寒い駅舎へと私は移動した。とても温かい標茶のおばあちゃんは、外の寒さを和らげてくれたと思う。これがこういう町に立ち寄るなによりもの収穫に思えた。

駅待合室ではさきほど親切に札幌までの工程を教えてくれた駅員さんが、待ち構えていましたとばかりに大雨で線路が浸水していて列車の発車の見通しがたたない旨を知らせてくれた。乗客が少ないのですべて顔を覚えているらしい。どれくらい遅れるか聞くと、およそ一時間、そしてさらに遅れる可能性もあるとのこと。その時間でお昼でも食べてくると良いですよと言われ、腹は減っていないがここにいても寒いからと、もう営業が始まったはずの先ほどの喫茶店に足を向け、オープンの看板を喜びをもって眺めてコーヒーを頂いた。

本当に一時間後には列車に乗れるのかと降り止まぬ窓の外の雨を眺めながらすっきり味のコーヒーを飲み終え、そういえば、山形県の酒田に行ったときはこの手の喫茶店は駅周辺では皆無でとても不便を強いられたことを思い出した。

酒田のある庄内平野は米どころ。ここ道東の標茶はワイルドで、カフェがあってもちょっと山の中の道路を走ると携帯は圏外になり夏でも寒いので、こんなふうに列車が動かないと大自然の中で凍死するのではないかとの妄想がこの真夏にして頭の片隅をよぎるのだった。